心と体

2008年11月21日 (金)

神経痛

片頭痛の時期を脱したと思ったら、急に冷え込んできて持病の神経痛が思いっきり出てきました。

神経痛といえば高齢者特有のものと思われがちですが、私の場合は幼少時の大病に起因したものであり、後遺症のひとつとして一生つき合っていくタイプのものだと理解してはいるのですが、痛みが強くなるとさすがにしんどくて眠ることもままならない状態ですし、一日中ずっと痛みが続くので集中力が全くなくなっていけません。

この幼少時からの神経痛だけでなく、椎間板ヘルニアもやっていて座骨神経痛も持っておりダブルパンチなので、ここ数日の痛みはかなりつらいものがありますが、まだ慣れているだけマシなのかなとも思っています。

座骨神経痛であれば神経ブロックで痛みは軽減できるのかもしれませんが、どうもこの神経ブロックというのは恐怖感があってまだしたことがなく、きっとどうしようもなくなるまですることはないのかなと思います。

とりあえず神経痛に効くという薬でも買ってこようと思っているのですが、今まで痛みが緩和された経験がないだけに期待していませんが、気休めにでもなればいいかなといったところです。ついでに温湿布やカイロを買って温める作戦でいきます。

早く春になってくれないかなぁ...。

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2008年11月 6日 (木)

片頭痛

片頭痛と一般的に呼ばれるものには「片頭痛」と「緊張型頭痛」「群発頭痛」とあるらしい。

どれも不快なことにはかわらないんだけど、私の場合はどうやら「群発頭痛」というものらしい。そしてまさに今がその「群発頭痛」の時期なのか、ずっと気持ち悪い頭痛が1か月も続いている。

私の場合、まだ軽度なのでなんとか頭痛薬でごまかしつつ(なぜかあまり効かない)生活はしているけど、ひどい人は生活さえ大変なのだとか。

小さいときから神経系の痛みとお友だちなので、痛みを我慢することには慣れてはいるけど、痛みが続くのはやはり不快でしかない。

なんとかならんかねぇ...

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2008年10月22日 (水)

思いやる気持ち

ここ数日、体調があまりよくないこともあって余計にいろんなことを考えてしまいます。そんな時はどうしてもマイナス思考になりがちですね。

そんな中、ふと思ったのがやはり自分の立場でしか物事を考えていないということです。もちろん自分のことだから自分の立場で考えてしまうのは当然かもしれませんが、いつでも別の立場からも冷静に物事を考えられるようになっていたいなと思った次第。

いつも、思いやる気持ちを大切にしているつもりだけど、別の立場から冷静に考えてみると、やはり自分の立場でしか物事を考えていないんだなと気が付くことも多いです。

思いやる気持ちを大切にし、大きな心で受けとめてあげられる、そんな自分でありたいものです。

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2008年10月17日 (金)

めばちこ?

きっとそんなレベルじゃないと思うんですが、右目の下まぶたが赤く大きく腫れています(涙)

右目に違和感があって目が覚めたので、軽く触れてみたら痛いのでこれはおかしいと思って鏡を見たら、なんだか四谷怪談のお岩さん状態。男だから違うだろうって?

とりあえず病院でもらった目薬をさしたあと、まぶたに軟膏を塗っておいたのですが、これがまたテカってしまうのでなんだか余計に変な感じです。

今年の初めには左目の上にめばちこが出来て、病院で切開してもらったんだけどなかなか完治せずに今でもたまに腫れてきたりします。

なんだかんだいっても体力が落ちているのかと思うのですが、疲れたらすぐに症状に現れるだけマシかとも思っています。

今度の休みにまた病院に行って、状態をよく診てもらっての処置になりそうです。


こんなサイトを見つけてしまいました(笑)


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2008年8月16日 (土)

健康診断の結果

先月末、健康診断を受けました。毎年のことながらバリウムを飲まされるのが苦痛です。健康診断のあとは必ず体調崩しますもん(涙)

今回は再検査もなくホッとしましたが、貧血気味だと言われたので健康管理をしっかり見直さないといけないなと思っています。一人暮らしだから普段から気をつけてはいるのですが、外食ばかりの生活に運動をしないとなるとよいわけないですよね。

検査の結果を表にしてみましたから、内容を見てみたいという人は「続きを読む...」をクリックしてみてください。こんなの見ても仕方ないだろうけど...(笑)

続きを読む "健康診断の結果"

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2008年7月31日 (木)

貧血だってよ(汗)

ちょいと健康診断に行ってきました。新しく採用されたメタボ検診も受けましたとも。腹囲を測る項目が増えただけみたいですが、ほんの少しやせ気味なのでもちろん腹囲は軽くパスです。ただ、締まってないのはなんとかしないといけません。「おなか出てるよ」なんてさりげなく言われないように...(汗)

そんなメタボ検診は気にしてなかったのですが、どちらかというと血糖値が正常範囲ではあるけど高めなのと、疲れたらすぐいろんな数値に表れてしまうのが心配だったのですが、今回、「貧血ぎみですね」ってチェック入れられてしまいました。

一人暮らしだから健康には気をつかって少しでもバランス良くなるような食事にはしているのですが、自炊することはなく外食ばかりの生活なので、バランス良くとはいっても本当にバランスの良い食事なんかできていないわけです。

ここ最近、いろいろと忙しくて朝早くから夜遅くまで頑張っていたので、ちょっと疲れが抜けないなって感じていたら、やはり「貧血ぎみ」という形で表れてしまったんですね。今までの経験からいくと「ウロビリノーゲン」がすぐひっかかるのですが今回は大丈夫のようです。ひどいと3+なんて書かれてビックリするくらいダメダメなんですけどね。

それにしても貧血って、女性に多くみられるもので、男である私にはあまり関係ないかと思っていたのですが、昔をよく思い出してみると子どもの頃はよく貧血でぶっ倒れていました。生まれつき身体が弱かったこともあるし、食が細かったのが原因なのでしょう。

今回、貧血ぎみってことでひっかかったわけですが、そういえば前日にめまいや立ちくらみがしてました。自分で意識しないようにしてたんですが、すぐフラフラやクラクラした感じはあったんですね。それが貧血ぎみってことだったんでしょう。

ということで、本格的に暑くなってバテ気味なのをなんとか解消するために、やはりしっかり食事をとるようにしました。無理に食べると苦しいだけなので、バランス良く食べるという方向性は変わらないのですが、絶対量を少しだけ増やしてみました。

あとは運動ができて、おなかが締まってくればいいんですがそんなに甘くはないでしょう。努力しなきゃいけないことはわかっているんだけど、一人じゃなかなかねぇ...

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2008年6月 6日 (金)

死んで迷惑をかけるくらいなら

全国で初めて硫化水素ガスを発生させて自殺した人を被疑者死亡のまま書類送検したとのニュースがあった。硫化水素ガスによって他の人を危険にさらしてしまう可能性が高いからだ。

自殺を図る気持ちは痛いほどよくわかる。この私も何度となく自殺しようとした経験がある。一番最初はまだ小学生の時で、手首を切ったうえに感電するという方法だったのは今でもハッキリと覚えている。

幸か不幸か電気に強いらしく、家庭のAC100Vくらいではビリビリした感触はあってもずっと触れていられるくらいなのだ。AC200Vくらいになるとやっと痛いなと感じるのでさすがにずっと触れているのは遠慮したい。

他の自殺方法で思い出すのは睡眠薬の多量摂取、飛び降り、溺れる、などをやったことだろうか。でもそのどれもが成功しなかったようにこうやって生きている。いや、生かされているというのが正しいだろう。


実は先日、ある知人から携帯にメールが届いた。

その内容は、

「○○○○○と△△△△△を買ってきたから今から死ぬ」

というものだった。


私はこのメールに対し、

「あなたが納得できるようにしなさい」
「ただし他の人に迷惑をかけることだけはやめなさい」

と返事をした。


しばらくしてメールの主からまたメールが届いた。

「どうしたらいいの?」

たったそれだけの短いものだった。


だから私は、

「他の人に迷惑をかけずに死ぬことはできないよ」

とだけ返事をした。


そのあと、メールは返ってきていない。


私が伝えたかったのは、死ぬことは簡単かもしれない。でも、死んで迷惑をかけるくらいなら、生きて迷惑をかけなさいということだ。

たとえ相手をどんなに苦しめることになったとしても、受け止めてくれる相手がいるのなら迷惑をかけてもよいと思うのだ。

迷惑をかけることがダメだなんてことは考えなくてよいし、それを悪いことだと反省する必要もない。ただ、迷惑をかけても受け止めてくれる相手がいることを感謝していればよいのだ。


私は以前、ある女性と偶然にブログで知り合いになった。

その女性はとても苦しんでおり、どうにかして助けたいと思った。名前も知らなければ住んでいる所も知らないのに、とにかく放っておくことができなかった。

私が経験した苦しみと、その女性が苦しんでいるものは似ている部分もあったし、全く違う部分もあった。ひとつだけハッキリしているのはお互いに苦しみの経験があるということだけ。

最初は冷静な判断の中でやり取りができた。だが、その女性のことが娘や妹、または恋人のように感じてしまった時、私の中ですごく苦しくなってしまったことを覚えている。

正直に言うと、今でも苦しいのかもしれない。

でも、どんなに苦しくなろうとも、その女性が生きようとする力と、幸せになれることをずっといつまでも信じようと心の中で誓ったことを忘れない。

私には、その女性を信じることしかできないと思ったからだ。そして今でもずっと、その気持ちは少しも変わらない。

私になにか特別なことができるわけではない。ただ信じるという、なんの力にもならないようなことしかできないのが現実だ。

私にその女性を受け止めることができるのかというと、それは私自身にもわからないし、そもそも私が必要なのかさえわからない。いや、きっと必要でもなんでもないだろう。世の中とはそんなものだ。


今年の二月、その女性と再会した。

以前とは違った苦しみの中にその女性はいた。

私になにもできないのは再会する前からわかっていた。

だから、私の苦しみが悟られないように明るく振る舞うのがやっとだった。

でも、そんな私の振る舞いなんか簡単に見破られていたことだろう。


私は今でもその女性を信じているし、これからも信じ続けることだろう。

受け止めるということが出来るのかというとそんな自信はない。

ただ、どんな小さなことでも必要とされるなにかがあればきちんと向き合っていこうということだけは言える。

そのためには、私自身がしっかりと強く生きていなければいけない。

このブログを始めたのも、そのとても大切な女性に私がなんとか頑張って生きていることをいつでも知ってもらえるようにという気持ちからなのだ。


ニュースの自殺者の話に戻るが、

死んで迷惑をかけるくらいなら、生きて迷惑をかけなさい。

どんな自殺方法をとったとしても、死んでしまえば、生きて迷惑をかけるより何倍も何十倍も、いや、もっと大きな迷惑をかけてしまう。

死んだ者はそれで苦しみから開放されるのかもしれないが、残された者はそれ以上の苦しみを背負っていくことになるのだ。

自殺をしようとする者に残された者のことを考える余裕がないのは私にもわかる。

だが、さんざん迷惑をかけてしまったことも私にはわかる。

どちらもわかるからこそ、私は生きて迷惑をかけることを選んだ。

きっと、とても多くの人にとても多くの迷惑をかけているのだろうが...

追記
メールの知人は数年前に癌の摘出手術をしており、今年になって転移がみられたとのことだ。
私が医師であれば知人にとって少しは力になってあげられるのかもしれないが、残念なことに私は医師でもなく、どうすればよいかもわからない一般人でしかない。
今はただ、知人の癌が消滅し元気になってくれることを願うだけである。

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